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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)309号 判決 1999年3月18日

アメリカ合衆国 18015 ペンシルベニア州ベスレヘム

ブロッドヘッド アヴェニー 526

原告

リーハイ ユニヴァースティ

代表者

リチャード エイチ サンダース

訴訟代理人弁護士

尾崎英男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

平井良憲

小松徹三

井上雅夫

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  請求

特許庁が平成7年審判第26338号事件について平成9年7月14日にした審決を取り消す。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「溶融金属を工程内分析するための過渡的な分光光度法および装置」とする発明にっき、1989年4月21日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、日本国を指定国として1990年4月20日国際出願(PCT/US90/02078)をし(平成2年特許願第506818号)、それに基づく特許法184条の5第1項の規定による書面を平成3年10月21日に提出したが、平成7年8月3日拒絶査定を受けたので、同年12月4日拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第26338号事件として審理した結果、平成9年7月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月6日原告に送達された。

2  本願特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するケーシングを備えたプローブと、ケーシング内に配置されて開口端部に隣接する溶融金属の表面に所定エネルギー密度および焦点寸法のレーザー光線を照射するレーザー手段と、前記ケーシング内に配置されてレーザー手段により発生したプラズマから放出される光のスペクトル成分を検出する分光検出器手段と、前記ケーシング内に配置されて溶融金属とレーザー手段との間の距離を検出する距離計とを設け、

ケーシングの開口端部を溶融金属中に浸漬し、

ケーシングの浸漬中に溶融金属と接触することなく溶融金属とレーザー手段との間の距離を検出し、

溶融金属に前記レーザー手段からレーザー光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめ、溶融金属中へのケーシング開口端部の浸漬中において、距離計によって検出された溶融金属とレーザー手段との間の距離が所定の距離に到達したときに前記照射を行ない、

ケーシング内の分光検出器手段を用いてプラズマにより放出された放射線のスペクトル成分を検出すると共に検出されたスペクトル成分に対応する信号を発生させ、

溶融金属にレーザー光線を照射してスペクトル成分を検出した後に、前記ケーシングの開口端部を溶融金属から取り出すことを特徴とする溶融金属の分光分析法(別紙1第1図及び第5図参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨等

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

ただし、これを構成要件に分けて記載すると、次のとおりである。

A1:溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するケーシングを備えたプローブと、

B1:ケーシング内に配置されて開口端部に隣接する溶融金属の表面に所定エネルギー密度および焦点寸法のレーザー光線を照射するレーザー手段と、

C1:前記ケーシング内に配置されてレーザー手段により発生したプラズマから放出される光のスペクトル成分を検出する分光検出器手段と、

D1:前記ケーシング内に配置されて溶融金属とレーザー手段との間の距離を検出する距離計とを設け、

E1:ケーシングの開口端部を溶融金属中に浸漬し、ケーシングの浸漬中に溶融金属と接触することなく溶融金属とレーザー手段との間の距離を検出し、溶融金属に前記レーザー手段からレーザー光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめ、溶融金属中へのケーシング開口端部の浸漬中において、距離計によって検出された溶融金属とレーザー手段との間の距離が所定の距離に到達したときに前記照射を行ない、

F1:ケーシング内の分光検出器手段を用いてプラズマにより放出された放射線のスペクトル成分を検出すると共に検出されたスペクトル成分に対応する信号を発生させ、

G1:溶融金属にレーザー光線を照射してスペクトル成分を検出した後に、前記ケーシングの開口端部を溶融金属から取り出す

ことを特徴とする溶融金属の分光分析法。

(2)  引用例

<1> これに対し、特開昭61-181947号公報(甲第8号証。以下「引用例」という。)には、以下の記載(a)ないし(e)がある(別紙2第1図ないし第5図参照)。

(a) 「1.分光分析器、レーザ発生装置が固定され、その分光分析器およびレーザ発生装置の周囲に水冷用壁面を有し、その水冷用壁面の一部分は二重となり、その二重壁の間には、冷却水を通し、その水冷用壁面を切欠して集光筒が設けられており、集光筒上部には透明な蓋が取付けられ、内部には集光レンズが設けられ、装置全体および/または、集光筒が昇降する昇降手段が設けられており、集光筒の下端には、消耗型のサンプリングプローブが取付けられており、レーザ光光路変更プリズム又はミラーが設けられ、集光筒には、補助励起用のスパーク放電手段が設けられており、溶融金属にレーザ光を当てることにより発生した励起光を分光分析装置に伝達する手段を設け、前記、消耗型サンプリングプローブは、下端閉鎖型の筒状をなしており、それの下端又は下端近くの壁面に溶融金属取入口を設け、そのプローブが測定すべき溶融金属のスラグ層を通過する間、その溶融スラグが、その取入口からプローブの中に入らないような構成を有していることからなる溶融金属のレーザ直接発光分光分析装置。

2.集光筒下部には、湯面の高さを測定するための湯面レベルセンサが設けられている特許請求の範囲第1項記載の装置。」(8頁右上欄2行ないし左下欄6行の特許請求の範囲第1項、第2項)

(b) 「集光筒は、内部にある昇降装置により、消耗型サンプリングプローブ内の溶融金属湯面近傍まで降下し、集光筒下端部にある湯面レベルセンサによって集光の距離が測られる。この湯面レベルセンサによって集光部分のレーザ光のエネルギー密度を一定に保つよう昇降装置を制御する。溶融金属の湯面の高さは、溶融金属上にあるスラグの量の変動でわかりにくく、また、溶融金属を入れる容器の損失などで常に変動している。そのため、毎回、分析の度に湯面レベルを測定しながら、集光の距離を保たなければならない。この湯面レベルセンサと昇降装置及び、レーザ装置は連動して常に一定の条件で効率のよい励起光をつくる。」(3頁左上欄1行ないし14行)

(c) 「d.実施例

第1図(別紙2第1図参照)はレーザ発光分光分析装置のフローシートである。1は分光器、2はレーザ装置、・・・6は、集光筒、7は集光レンズ、9は湯面レベルセンサ、・・・12は昇降器、・・・22は、データ処理システム、23は、分析装置昇降装置、・・・25は溶融金属取入口」(4頁左上欄7行ないし右上欄5行及び8頁記載の補正事項)

(d) 「サンプリングプローブの下降と共にその取入口から溶融金属が入りこみ、・・・集光筒の先端近くに溶融金属が達した時、レーザ光が発射されて、分析が行なわれる。」(4頁左下欄6行ないし10行)

(e) 「分析は次のように行なわれる。

1.レーザ光集光、励起光分光装置の下端のオス型コネクタを消耗型測温サンブリングプローブ内部のメス型コネクタに取り付ける。・・・

2.レーザ光集光、励起光分光装置が消耗型測温サンプリングプローブをつけたまま、溶融金属中に外部昇降装置により、界面下の既定の深さまで降ろされる。・・・

3.界面下の既定の深さまで、消耗型測温サンプリングプローブが降りたら、溶融金属がサンプリング室を湯面の方向へ上昇していき、サンプリング室の湯面が一定になった後、集光筒をサンプリング室へと昇降装置により降下させる。

4.集光筒先端にあるレベルセンサが溶融金属に接触するまで、集光筒は降下し接触した時点でその距離を保持する構造になっている。その後、数秒後、パルスレーザ光を溶融金属に集光レンズにより集光し、得られたミクロプラズマをさらにスパーク放電による補助励起をおこない、そこで発生した光を分光器に分光器導入レンズを使用して、導入する。・・・分光分析器は得られた光をスペクトルに分解し、その結果は計算量を用いて処理されて、金属の成分分率が求まる。」(4頁右下欄18行ないし5頁右上欄8行及び8頁記載の補正事項)

<2> なお、引用例においては補助励起用のスパーク電極を設けているが、これは発光を強めるための目的で設けられているものであり、上記<1>(e)の4.に記載されているように、レーザ光の照射により(ミクロ)プラズマが生成されるものであって、スパーク放電によりプラズマが生成されるものではない。

<3> また、引用例においても、溶融金属試料に係る発光スペクトル成分が検出され、必要な分析が終了した後は、当然に、分析装置本体及びサンプリングプローブは溶融金属から取り出されるものである。

<4> してみると、引用例には以下の発明が記載されているものと認める。

A2:分析装置本体に取り付けられ、溶融金属を取り入れるための取入口25がその先端部近くに設けられたサンプリングプローブと、

B2:分析装置本体内に配置されて、サンプリングプローブ取入口25から流入してきた溶融金属表面に所定のエネルギー密度及び焦点寸法のレーザー光線を照射するためのレーザ装置2及び集光レンズ7と、

C2:分析装置本体内に配置されてレーザー装置2により発生したプラズマから放出される光のスペクトル成分を検出する分光器1と、D2:分析装置本体内に昇降自在に設けられた集光筒6の下部に配置されて、集光レンズ7と溶融金属との間の距離を検出する湯面レベルセンサ9とを設け、

E2:分析装置昇降装置23により分析装置本体と共にサンプリングプローブを下降させ、サンプリングプローブ先端を溶融金属中に浸漬し、サンプリングプローブの浸漬中に、湯面レベルセンサ9が溶融金属と接触することで溶融金属と集光レンズとの間の距離を検出し、溶融金属にレーザ装置2からレーザ光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめ、この照射は、サンプリングプローブの浸漬中において、湯面レベルセンサ9によって検出された溶融金属と集光レンズ7との間の距離が所定の距離に到達したときに行うようにし、

F2:分析装置本体内の分光器1を用いて、プラズマにより放出された光のスペクトル成分を検出するとともに、検出されたスペクトル成分に対応する信号を発生させ、データ処理システム22により信号処理し、

G2:スペクトル成分を検出した後に、分析装置昇降装置23によりサンプリングプローブの端部を溶融金属から取り出す

ことからなる溶融金属の分光分析法。

(3)  対比

本願発明と引用例記載の発明とを比較する。

<1>(a) 引用例に示された「分析装置本体」は引用例の第5図(別紙2第5図参照)等からも明らかなように、その内部にレーザ装置や分光器等を収納しているものであるから、当然にそれらを収納するケーシングを有しているものである。

(b) したがって、引用例の「サンプリングプローブが取り付けられた分析装置本体」が本願発明の「ケーシングを備えたプローブ」に相当する。

(c) さらに、引用例の「(サンプリングプローブの)先端部に設けられた取入口25」がその機能から本願発明の「浸漬するのに適した開口端部」に相当する。

(d) また、引用例におけるレーザー光が照射される溶融金属表面はサンプリングプローブの取入口からサンプリング室内を所定のレベルまで流入し、上昇してきたものであるから、この「溶融金属表面」は取入口に「隣接」しているともいうことができる。

(e) さらに、引用例の「レーザ装置2及び集光レンズ7」は本願発明の「レーザー手段」に相当する。

(f) 引用例の「湯面レベルセンサ9」は湯面の高さを測定するためのものであるから、本願発明の「距離計」に相当するものである。

(g) また、本願発明は距離計により測定する距離の対象を構成要件D1、E1に記載のごとく、溶融金属とレーザー手段との間の距離としているが、本願請求項1を引用している請求項10ないし13に記載されているように、本願発明においても具体的には、溶融金属と(レーザー手段を構成する)集束レンズとの間の距離を測定しているものであるから、この点は引用例の構成要件D2、E2に記載のものと差異はない。

<2> してみると、両者は、

「A:溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するプローブと、

B:プローブのケーシング内に配置されてプローブの開口端部に隣接する溶融金属の表面に所定エネルギー密度および焦点寸法のレーザー光線を照射するレーザー手段と、

C:前記ケーシング内に配置されてレーザー手段により発生したプラズマから放出される光のスペクトル成分を検出する分光検出器手段と、

D:前記ケーシング内に配置されて溶融金属とレーザー手段との間の距離を検出する距離計とを設け、

E:プローブの開口端部を溶融金属中に浸漬し、プローブの浸漬中に溶融金属とレーザー手段との間の距離を検出し、溶融金属に前記レーザー手段からレーザー光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめ、溶融金属中へのプローブ開口端部の浸漬中において、距離計によって検出された溶融金属とレーザー手段との間の距離が所定の距離に到達したときに前記照射を行ない、

F:ケーシング内の分光検出器手段を用いてプラズマにより放出された放射線のスペクトル成分を検出すると共に検出されたスペクトル成分に対応する信号を発生させ、

G:溶融金属にレーザー光線を照射してスペクトル成分を検出した後に、前記プローブの開口端部を溶融金属から取り出す

ことからなる溶融金属の分光分析法。」

で一致する。

<3> しかし、両者は、以下の2点で一応相違する。

(相違点1)本願発明は、レーザー手段や分光検出器手段を収納するケーシング自体が溶融金属に浸漬される開口端部を有しているのに対し、引用例に記載されたものはケーシングを有する分析装置本体(プローブ)にサンプリングプローブを取り付け、このサンプリングプローブの開口端部が溶融金属に浸漬されるものである点。

(相違点2)溶融金属との距離を計測する距離計について、本願発明は溶融金属と非接触で距離検出するタイプのものとし、それをケーシング内に配置しているのに対し、引用例に記載されたものは溶融金属に接触して距離検出するタイプのもので、それを分析装置本体(プローブ)に設けられた昇降自在な集光筒の下部に配置した点。

(4)  相違点についての検討

そこで、上記相違点1、相違点2につき検討する。

<1> 相違点1について

溶融金属に浸漬される開口端部を、本願発明のようにケーシング自体が溶融金属に浸漬される開口端部を有する構成とすること、すなわち、開口端部をプローブのケーシングに一体的に設けるか、引用例のように分析装置本体とは別体のサンプリングプローブに設けるかは、開口端部の溶融金属による損傷をどの程度考慮するかで決められるべき選択的、設計的事項である。

<2> 相違点2について

対象物までの距離を計る距離計として、光等を用いて非接触で行うものは例示するまでもなく周知である。そして、距離計の保護などを目的に距離計をケーシング内に配置することは当然の配慮であるから、本願発明のように「ケーシング内に配置した距離計により溶融金属と非接触で距離検出する」ようにすることは、当業者ならば容易に想到し得えたことである。

<3> そして、本願発明の構成によってもたらされる効果も、引用例に記載されたものから当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(5)  むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第3  審決の取消事由

1  認否

(1)  審決の理由の要点(1)は認める。

(2)  同(2)<1>、<3>は認め、<2>は争い、<4>中、C2のうち「レーザー装置2により発生したプラズマ」(甲第1号証9頁11行、12行)であること、及びE2のうち「溶融金属にレーザー装置2からレーザ光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめ」(同10頁3行ないし5行)は争い、その余は認める。

(3)  同(3)<1>のうち、(b)、(e)、(g)は争い、その余は認める。

同(3)<2>中、Eのうち「溶融金属とレーザー手段との距離を検出し」(甲第1号証13頁5行、6行)、「溶融金属中へのプローブ開口端部の浸漬中において、距離計によって検出された(ある距離に到達したときに)前記照射を行い」(同13頁9行ないし11行、12行、13行)、並びに、G(同13頁18行ないし20行)は認め、その余は争う。

同(3)<3>のうち、引用例のサンプリングプローブが取り付けられた分析装置本体をプローブと認定していること(甲第1号証14頁7行、8行、16行)は争い、その余は認める。

(4)  同(4)は争う。

(5)  同(5)は争う。

2  取消事由

審決は、レーザー手段等の位置関係の不変の点(取消事由1)及びレーザー手段のみによるプラズマの生成の点(取消事由2)で本願発明と引用例に記載のものとの一致点の認定を誤り、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り-レーザー手段等の位置関係の不変)

審決は、「引用例の「サンプリングプローブが取り付けられた分析装置本体」が本願発明の「ケーシングを備えたプローブ」に相当」し(甲第1号証11頁6行ないし9行)、両者は、溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するプローブのケーシング内に、レーザー手段、分光検出器手段及び距離計を設けた点(同12頁11行ないし13頁4行)で一致すると認定するが、誤りである。引用例に記載のものは、溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するプローブのケーシング内にレーザー手段等を配置していないものである。

<1> 本願発明は、レーザー手段、距離計、分光検出器手段がいずれも溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するプローブのケーシング内に配置されているという点(別紙1第1図参照)に構成上の特徴があり、これによって測定ごとにレーザー手段、距離計、分光検出器手段の位置関係が変わらず、高エネルギー密度のレーザーによる溶融金属の瞬時の分光分析を高い精度で行うことができるという効果を生ずる。

すなわち、溶融金属の分光分析はスラグの下の溶融金属を蒸発気化させて行う必要があり、測定ごとにプローブを降下させてその開口端をスラグの下にある溶融金属に浸漬させなければならないが、スラグの厚さは測定の時々で変わるので、測定装置の位置を測定しようとする溶融金属のレベルに応じて変化させる必要がある。本願発明は、レーザー手段、距離計、分光検出器手段をすべて溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するケーシング内に配置するので、測定時にプローブの開口端部を必要な距離だけ降下させた時に、そのケーシング内に配置された測定系全体が相互の位置関係を全く変えることなく同じ距離だけ降下されることになる。

<2> これに対し、引用例では、測定の時には、まず分析装置本体とこれに装着された消耗性サンプリングプローブが外部昇降装置23によってサンプリングプローブの開口端が溶融金属中に浸漬されるように降下される。レーザ装置2及び分光器1は、分析装置本体内に配置されているのに対し、、湯面レベルセンサ9は、分析装置本体内のレーザ装置や分光器との関係で昇降器12によって上下する集光筒6の先端に取り付けられる。溶融金属が分析装置本体のホルダー11に装着された消耗性サンプリングプローブの先端にある溶融金属取入口25からサンプリング室に入り、湯面の高さが一定になった後、集光筒6が昇降装置12によってサンプリングプローブ内を降下し、集光筒6の先端にある湯面レベルセンサ9が溶融金属に接触したところで停止し、測定が行われる(甲第8号証5頁左上欄3行ないし末行)。

したがって、引用例では、溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するケーシングは、消耗性サンプリングプローブに備えられているだけであり、本願発明とは異なり、レーザー手段、距離計、分光検出器手段は消耗性サンプリングプローブのケーシング内に配置されてはいないものである。

<3> 本願発明の前提とするレーザー分光分析において、高精度の測定を行うためには、測定の度にレーザーの光路と溶融金属表面までの距離が変動するためにレーザー光線のビームスポットの大きさが変化することが障害となる。この問題を解決するために、本願発明では分光分析系をすべて測定時に上下するプローブの溶融金属中に浸漬されるに適した開口端を有するケーシング内に配置して、測定ごとに湯面の位置が変化しても分光分析系の位置関係が不変となるようにしている。

これに対し、引用例に記載のものにおいては、集光筒6が降下する距離も測定ごとに異なる。したがって、分析装置本体の中にあるレーザ装置2と集光筒6の中に設けられている集光レンズ7との距離、すなわちレーザ光源から集光レンズの光路長は測定ごとに異なっている。

このような高エネルギー密度のレーザー光線を用いた溶融金属の分光分析に特有の技術課題と解決手段は本願発明者によってはじめて認識されたものであり、スパーク放電を用いた引用例に開示された分光分析技術から示唆されるものではない。

<4>(a) 被告は、引用例の分析装置本体と消耗性サンプリングプローブは測定時には両者が連結されて使用されるものであるから、両者が連結されたものを全体として分析装置として把握することが可能である旨主張する。

しかし、本願発明の構成は、単にレーザー手段、分光検出器手段、距離計が1つの分析装置のケーシング中に配置されていることを内容としているのではなく、溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するケーシングの中にこれらがすべて配置されることを規定しているのである。引用例の分析装置本体のケーシング(筐体)は溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するケーシングの一部ではなく、レーザー手段と分光検出器手段は分析装置本体のケーシング(筐体)内に配置されている。

(b) 被告は、本願発明で使用される高エネルギー密度のレーザー光線に関する数値が特許請求の範囲に記載されていない旨主張するが、原告は、本願発明の奏する効果として、これらの数値で表わされる条件下でのレーザー光線による溶融金属の分光分析が正確に行えることを記載しているから、原告の高エネルギー密度のレーザー光線の使用に関する主張は本願発明の構成に基づく主張である。

(c) さらに、被告は、レーザー手段、分光検出器手段、距離計の相互の位置関係が固定されていることが特許請求の範囲に記載されていない旨主張するが、原告は本願発明の奏する効果として、各手段の位置関係が固定していることにより生ずる効果を記載しているから、原告の位置関係の固定に関する主張は、本願発明の構成に基づく主張である。

(2)  取消事由2(一致点の認定の誤り-レーザー手段のみによるプラズマの生成)

審決は、引用例においては、「補助励起用のスパーク電極を設けているが、これは発光を強めるための目的で設けられているものであり、上記<1>(e)の4.に記載されているように、レーザ光の照射により(ミクロ)プラズマが生成されるものであって、スパーク放電によりプラズマが生成されるものではない」(甲第1号証8頁7行ないし13行)、「レーザー装置2により発生したプラズマ」(同9頁11行、12行)「溶融金属にレーザ装置2からレーザ光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめ」(同10頁3行ないし5行)、両者は、「溶融金属に前記レーザー手段からレーザー光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめ」(同13頁7行ないし9行)、「プラズマにより放出された放射線のスペクトル成分」(同13頁14行、15行)を検出する点で一致すると認定するが、誤りである。

<1> 本願発明の出願時(1990年)においては、本願発明に用いられるような高エネルギー密度のレーザー光による発光分光分析は、乙第1号証(「レーザーハンドブック」)の刊行(1973年)当時の技術から大きく進歩した。本願発明では、109ないし1011W/cm2のエネルギー密度を有する高出力レーザー光線が用いられ、レーザー光線を溶融金属表面の微小部分に集中してプラズマの温度は100万℃もの高温となる。このような高エネルギー密度のレーザー光線を用いることにより、溶融金属にレーザー光線を照射すると、スペクトル分析のための放射光を発するプラズマが生成される。

<2> 乙第1号証の705頁3行ないし13行には、レーザーとスパーク放電を併用する発光分光分析の説明が存在するが、これは引用例で用いられている方法である。

このスパーク放電を併用する方式は、低出力のレーザー光のみでは十分な励起発光ができないときにレーザー光の照射の後スパーク放電を惹起させてプラズマの励起発光をさせる方式である。第1段としてレーザー光の照射で検出されるべきミクロプラズマの励起発光がまず起こり、次に第2段としてスパーク放電によってさらにその発光強度が増すというものではない。したがって、スペクトル分析のための光を放出するプラズマは、スパーク放電によって生成される。

<3> 被告が指摘する引用例の「補助スパーク放電がおこり、発光強度の強められたプラズマが出来る」(甲第8号証2頁左上欄8、9行)や「得られたミクロプラズマをさらにスパーク放電による補助励起をおこない」(同5頁右上欄1、2行)の記載は、レーザー光とスパーク放電の併用方式の効果を乙第1号証で述べられているような低出力のレーザー光のみによる方式の発光分光分析との比較によって表現していると考えられる。

<4> 被告は、引用例から補助スパーク電極を必要としないレーザーによる励起発光分光分析装置が把握されると主張するが、引用例には、本願発明とは前提条件となるエネルギー供給方式が異なるものが開示されているにすぎず、被告主張の補助スパーク電極を必要としないレーザーによる励起発光分光分析装置を把握することはできない。

<5> さらに、被告は、乙第2及び第3号証に基づき、補助スパーク放電を使用せずレーザーのみにより発光分光分析を行うことは容易である旨主張するが、乙第2号証は、溶融金属の分光分析を開示していないし、乙第3号証はレーザ光線を照射して行う溶融金属の分光分析を開示しているが、本願発明の特徴であるレーザー手段等をブローブのケーシング内に配置することを開示していないから、被告の上記主張は失当である。

第4  審決の取消事由に対する被告の認否及び反論

1  認否

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り-レーザー手段等の位置関係の不変)について

<1> 引用例においては、浸漬するのに適した開口端部は、消耗型サンプリングプローブが有し、レーザー装置、分光器、湯面レベルセンサは分析装置本体が有しているが、消耗型サンブリングプローブは分析装置本体の集光筒に装着されるものである。

してみると、引用例において、分析装置本体と消耗型サンプリングプローブを連結したものは、全体として分析装置と把握することが可能で、浸漬するのに適した開口端部、レーザー装置、分光器、湯面レベルセンサのすべてを有しており、これを本願発明のプローブに相当すると認定したことに誤りはない。

<2> 本願発明における「レーザー手段」が「集光レンズ」を含むものであることは、特許請求の範囲第10項の「溶融金属の表面と前記レーザー手段の集束レンズとの間の距離を検出する距離計手段」との記載から明らかである。

そして、引用例に記載されたものは、溶融金属の表面と集束レンズの間の距離を検出しているが、集束レンズはレーザ手段の一部であるから、この検出は溶融金属の表面と前記レーザー手段の間の距離を検出していることになる。

したがって、この点において両者に相違はない。

<3> 原告は、レーザー手段、分光検出器手段、距離計がすべてプローブのケーシング内に配置されているという本願発明における限定は、各手段がすべて上下移動するプローブの中にあって各手段の相互の位置関係が固定されていることを意味している旨主張し、さらに、本願発明では、溶融金属と集束レンズとの距離だけでなく、レーザー装置と溶融金属との距離も所定の距離の時にレーザー光照射が行われる旨主張する。

しかしながら、特許請求の範囲第1項には、レーザー手段、分光検出器手段、距離計がすべてプローブのケーシング内に配置されていると規定されているにすぎず、各手段の相互の位置関係が固定されているとは限定されていないし、また、「距離計により検出された溶融金属とレーザー手段との間の距離が所定の距離に到達したときに前記照射を行ない」(集束レンズがレーザー手段の一部であることは、前記のとおり。)と記載されているにすぎないものであるから、この点の原告の主張は、特許請求の範囲第1項に記載された構成に基づく主張ではなく、失当である。

(2)  取消事由2(一致点の認定の誤り-レーザー手段のみによるプラズマの生成)について

<1> 引用例には、補助スパーク電極を備えたレーザーによる励起発光分光分析装置が記載されているが、この引用例からは、補助スパーク電極を必要としないレーザーによる励起発光分光分析装置を把握することができる。

<2>(a) すなわち、引用例には、「大出力の、レーザ光を対物レンズで試料に集光し、試料を蒸発させ、プルームをつくる。プルームが出来ると、高電圧を印加されている補助スパーク放電がおこり、発光強度の強められたプラズマが出来る。」(甲第8号証2頁左上欄5行ないし9行)、「消耗型サンプリングプローブ内に入った溶融金属湯面に対し、直上方向から、パルスレーザ光を集光する構成とし、レーザ光照射によって出来た励起光の分光分析器への伝送光路は・・・」(同2頁右下欄12行ないし16行)、「パルスレーザ光を溶融金属に集光レンズにより集光し、得られたミクロプラズマをさらにスパーク放電による補助励起をおこない、そこで発生した光を分光器に分光器導入レンズを使用して、導入する。」(同5頁左上欄20行ないし右上欄4行)との記載があり、レーザ光照射のみで励起光が発生し、それを分光分析器に導き分析をしていること、及び励起光がミクロプラズマからのものであって、補助スパーク放電を用いて補助励起を行っていたとしても、単にミクロプラズマの発光強度を強めるものであって、溶融金属成分の分析に用いることができることが開示されている。

(b) 被告の主張が正しいことは、技術水準を示す乙第1号証を考察することにより一層明らかとなる。

すなわち、乙第1号証には、引用例と同様の技術分野である「レーザー発光分光分析」について、次の記載がある。

「発光分光分析は分析試料を蒸発気化させ、気体状態で励起、発光をさせ、この光を分光器に導入し写真乾板や光電増倍管で受光して、試料を構成する元素についての線スペクトル(また帯スペクトル)を得、スペクトル線の波長から元素の存在を、またスペクトル線強度から元素の量を知るものである。この際固体試料では試料の蒸発気化と励起発光の二つの仕事が必要である。・・・1960年Maimanが固体レーザーを製作して以来、レーザー光線の時間的、空間的コヒーレント性に基因して得られる高密度スペクトルエネルギーを発光分光分析における試料の蒸発と励起に利用しようとする企がなされた。1962年Brechはルビーレーザーを使ったレーザー発光分光分析法を発表した。そのほかDebras-Guedon、Rungeらも実験を行なった。ルビーレーザーのパルス発振で得られるレーザー光(694.3nm)を短焦点レンズを用いて試料面に集光すると、微小部分に強力なエネルギーを集中することができる。その部分は光のエネルギーを吸収して急激な温度上昇を起こし、爆発的な試料の蒸発気化がなされ、試料の原子、イオン、電子を含むミクロプラズマをつくり励起発光が行なわれる。この光を分光器に導入してレーザー発光分光分析を行なうものである。」(703頁34行ないし704頁13行)、

「レーザー光の集光により、試料は蒸発気化したミクロプラズマをつくり励起発光が行なわれるが、このプラズマ中でさらに電極間の放電を行なうと、いっそう効果的に励起発光をさせることができる。・・・またこのようにレーザーとスパーク放電を併用して得られるスペクトル線は、レーザーのみによって得られるスペクトル線に比べ、いっそう強度が強く、鮮明であり、線幅が狭く、自己吸収の少ない線が得られる長所がある。」(705頁3行ないし13行)

また、図12.2.1(704頁)には、レーザー発光分光分析装置原理図が記載されており、引用例と同様に、レーザー発振器と共に放電用の補助電極を有している。

上記記載を参酌すると、引用例の「ミクロブラズマ」は、レーザーを試料に照射しただけで励起発光するものである。そして、スパーク放電は励起発光を効果的にするものであり、スペクトル線の強度を一層強めるものである。

<3> そして、レーザーによる励起発光分光分析装置において、補助スパーク電極が必須のものでないことは、当業者には自明のことである。

このことは、周知技術である乙第2号証(特開昭58-76744号公報)に、「レーザ発光部10と、・・・試料14の表面に照射するための集光レンズ12と、・・・収束レンズ16により収束された光を分光分析するための分光器18とを用いて構成したもの」(2頁左上欄1行ないし7行)が従来技術として記載され、さらに、精度の高い分析をするために、「更に、・・・レーザ照射によって放出された原子を、補助電極20間に導びいて放電し、更に高いエネルギ状態に励起して、強い発光スペクトルを得るようにしたもの」(2頁左上欄11行ないし15行)が従来技術として記載されていることから明らかである。

<4> 仮に、引用例にレーザーにより励起発光されることが記載されていないとしても、レーザーにより励起発光する技術は、乙第2号証のみならず、乙第3号証(特開昭58-219439号公報)にも記載されているように周知である。したがって、引用例に記載のものにおいて、補助スパーク放電を使用せずレーザーのみにより発光分光分析を行うことは、当業者が容易に想到し得る程度のことである。

<5> 原告は、本願発明においては、レーザー光線のエネルギー密度は109~1011W/cm2であること等を主張するが、そのような数値は特許請求の範囲第1項に記載されておらず、原告の上記主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって、失当である。

理由

1  本願発明の目的及び実施例について

(1)  甲第2号証によれば、本願明細書には、本願発明の目的及び実施例として、次の記載があることが認められる。

<1>  目的

「本発明の1つの目的は、・・評価する溶融金属の組成を正確かつ再現性を以って示すような溶融金属の工程内過渡的分光分析のための新規かつ改善された方法および装置を提供することにある。」(5頁7行ないし11行)、

「本発明の他の目的は、たとえば製鋼操作およびその後の合金化操作におけるように所望組成の金属を生産する炉内の溶融金属の元素組成を実時間で監視することにより生産物の化学およびその後の性質および性能を保証しうるような新規な方法および装置を提供することにある。」(5頁12行ないし16行)、

「これらおよびその他の目的は、本発明によれば、・・溶融金属を照射するパルス高出力レーザーを内蔵したプローブを溶融金属中に浸漬するという、溶融金属を工程内で過渡的に分光分析するための新規かつ改良された方法・・・を提供することにより達成される。」(5頁19行ないし25行)、

「レーザーが付勢されて溶融金属の1部を気化することにより、この溶融金属の元素組成を代表する要素組成を持ったプラズマプルームを発生させる。・・・プラズマプルームのスペクトルにおけるスペクトル線反転を、・・・プローブ内に設けられた第1分光検出器によって分光検出する。」(5頁末行ないし6頁9行)

<2>  実施例

「より詳細には第1図(別紙1第1図参照)を参照して本発明は、スラグ層に侵入するプローブ10を備える。プローブ10は減圧タイトな保護シェル12によって熱保護されると共に、以下詳細に説明するように集束したパルス高出力レーザー光線を溶融金属の表面における標的領域に照射するための高出力パルスレーザー14を備える。レーザー光線は光学ブロック16によって、代表量の溶融金属を加熱すると共にプラズマ化するのに充分な寸法の点に集束される。次いで、スペクトル分析を、後記するようにレーザー光線により発生したプラズマプルームにより放出される放射線につきその場で行なう。」(8頁末行ないし9頁10行)、

「第5図(別紙1第5図参照)に示したように、プローブの先端部18にはスナップ取付けのアブレーション用もしくは非湿潤性の耐火シース20を取付ける。シース20はスラグ層に侵入すると共に、溶融金属表面を全てプローブ内に収容されたレーザー14および分光検出光学系に露出させる。シース20の役割は、冷却されたステンレス鋼表面をスラグまたは溶融鋼材のいずれかと接触しないよう保ってプローブにおけるその凍結を防止することである。この種のシース層は、交換することなく溶融物中へのプローブの複数回の浸漬を可能にする。」(9頁22行ないし10頁6行)、

「プローブ10はレーザー14の他に距離計22と分光器241および242とゲート化された増幅器および他の関連光学系(図示せず)が装着された光検出器とを内蔵する。」(11頁21行ないし24行)、

「第1に、レーザー14は溶融金属の表面にて溶融金属の組成を代表する組成を持ったプラズマプルームを発生するのに充分大きい面積にわたり充分な強度のパルスレーザー光線を発生せねばならない。」、「次いで溶融金属の元素組成は、プラズマプルームの放出スペクトルの時間解像分光測定によって決定することができる。」(12頁21行ないし末行、13頁19行ないし21行)

(2)  これらの記載によれば、本願発明は、レーザー光線を溶融金属に照射して溶融金属の元素組成を示すプラズマを発生させ、そのプラズマから放出される光を分光分析することにより溶融金属の元素組成を直接にリアルタイムで検知することができるものである。

本願発明の実施例においては、プローブ10は、レーザー14、距離計22、分光器241及び242を内蔵し、プローブ10は保護シェル12によって熱保護され、プローブ10の先端部18は、開放され、耐火シース20を取付け、測定のために溶融金属の表面に存在する不純物であるスラグ層に侵入するものである。レーザー14の付勢は、距離計22により制御され、溶融金属の表面が上昇して光学ブロック16のレンズから所定距離に到達したことを距離計22が検知した瞬間にレーザー14が溶融金属を照射する。そして、レーザー14により溶融金属を照射して生成されたプラズマからの放出光を分光器241、242によって検出してスペクトル分析を行うというものである。この実施例では、レーザー14と光学ブロック16のレンズとの距離は、プローブ10の移動によっても不変である。

2  審決がした本願発明の要旨、引用例の記載事項の認定、対比について

(1)  本願発明の要旨は、当事者間に争いがない。

(2)  引用例の記載事項(甲第1号証4頁3行ないし10頁18行)のうち、「引用例においては補助励起用のスパーク電極を設けているが、これは発光を強めるための目的で設けられているものであり、上記<1>(e)の4.に記載されているように、レーザ光の照射により(ミクロ)プラズマが生成されるものであって、スパーク放電によりプラズマが生成されるものではない」こと(同8頁7行ないし13行)、並びに、引用例に記載されたものでは、レーザー装置2によりプラズマが発生すること(同9頁11行、12行)、溶融金属にレーザー装置2からレーザ光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめるものであること(同10頁3行ないし5行)を除く事実は、当事者間に争いがない。

(3)  本願発明と引用例記載のものとの対比(甲第1号証11頁1行ないし12頁10行)のうち、引用例の「サンプリングプローブが取り付けられた分析装置本体」が本願発明の「ケーシングを備えたプローブ」に相当すること(同11頁6行ないし9行)、引用例の「レーザ装置2及び集光レンズ7」は本願発明の「レーザー手段」に相当すること(同11頁17行ないし19行)、「本願発明は距離計により測定する距離の対象を構成要件D1、E1に記載のごとく、溶融金属とレーザー手段との間の距離としているが、本願請求項1を引用している請求項10ないし13に記載されているように、本願発明においても具体的には、溶融金属と(レーザー手段を構成する)集束レンズとの間の距離を測定しているものであるから、この点は引用例の構成要件D2、E2に記載のものと差異はない」こと(同12頁2行ないし10行)を除く事実は、当事者間に争いがない。

3  取消事由1(一致点の認定の誤り-レーザー手段等の位置関係の不変)について

(1)  前記2に説示の本願発明の要旨及び引用例の記載事項によれば、本願発明と引用例に記載されたものとは、溶融金属の表面とレーザー手段を構成する集束レンズとの距離が所定の値に到達したことを距離計が検知した時にレーザー装置が溶融金属を照射するようにする構成を有する点で共通すると認められ、引用例の「サンプリングプローブが取り付けられた分析装置本体」は本願発明の「ケーシングを備えたプローブに相当し、両者は、溶融金属中に浸漬するのに適した開口端部を有するプローブ内に、レーザー手段、分光検出器手段及び距離計を設けた点で一致すると認められる。

(2)  原告は、レーザー手段、分光検出器手段、距離計がすべてプローブのケーシング内に配置されているという本願発明における限定は、各手段がすべて上下移動するプローブの中にあって各手段の相互の位置関係が固定されていることを意味している旨主張し、さらに、本願発明では、溶融金属と集束レンズとの距離だけでなく、レーザー装置と溶融金属との距離も所定の距離の時にレーザー光照射が行われる旨主張する。

確かに、レーザー14と光学ブロック16のレンズとの距離を固定し、溶融金属の表面と光学ブロック16のレンズとの距離が所定の値に到達したことを距離計22が検知した時にレーザー14が溶融金属を照射するように構成すれば、レーザー14と溶融金属との距離も測定ごとに異ならないこととなる。しかしながら、前記本願発明の特許請求の範囲第1項の記載によれば、レーザー手段をケーシング内に「配置」すると規定しているだけで、それ以上に、レーザー手段を構成するレーザー装置及び集束レンズ、分光検出器手段及び距離計をケーシングに固定することは規定されていない。さらに、甲第2号証によれば、本願明細書には「溶融金属の表面に対するレーザー光線の焦点が必要寸法となるよう確保すると共に適切な空間解像分光測定が行なわれるよう確保するには、各分光器に専用されると共にレーザー14からのパルスレーザー光線を集束させる光学ブロック16のレンズからの距離は、レーザー14を始動させる前に正確に設定せねばならない。この目的で、本発明はプローブ10内に位置する距離計22を用いる。」(25頁15行ないし22行)と記載されていることが認められるが、この記載も、溶融金属の表面と光学ブロック16のレンズとの距離を一定にすることを意味しているとは認めSれるものの、それ以上に、レーザー14から光学ブロック16のレンズまでの是距離をも一定にする必要があるとは記載されていないし、そのことが本願明細書に接する当業者にとって自明のことであるとも認められない。本願明細書中の他の記載にも、本願発明の特許請求の範囲にいう「配置」が「固定」の意味に限定されるものであることをうかがわせるに足りる記載はない。

したがって、原告の上記主張は理由がない。

(3)  よって、原告主張の取消事由1は理由がない。

4  取消事由2(一致点の認定の誤り-レーザー手段のみによるプラズマの生成)について

(1)<1>  甲第8号証によれば、引用例には以下の記載があることが認められる(一部は、当事者間に争いがない。)。

「1.分光分析器、レーザ発生装置が固定され、・・集光筒には、補助励起用のスパーク放電手段が設けられており、溶融金属にレーザ光を当てることにより発生した励起光を分光分析装置に伝達する手段を設け、」(8頁の特許請求の範囲第1項)、

「大出力の、レーザ光を対物レンズで試料に集光し、試料を蒸発させ、プルームをつくる。プルームが出来ると、高電圧を印加されている補助スパーク放電がおこり、発光強度の強められたプラズマが出来る。」(2頁左上欄5行ないし9行)、

「消耗型サンプリングプローブ内に入った溶融金属湯面に対し、直上方向から、パルスレーザ光を集光する構成とし、レーザ光照射によって出来た励起光の分光分析器への伝送光路は、集光の光軸と同軸構造である。」(2頁右下欄12行ないし17行)、

「パルスレーザ光を溶融金属に集光レンズにより集光し、得られたミクロプラズマをさらにスパーク放電による補助励起をおこない、そこで発生した光を分光器に分光器導入レンズを使用して、導入する。・・・分光分析器は得られた光をスペクトルに分解し、その結果は計算量を用いて処理されて、金属の成分分率が求まる。」(5頁左上欄20行ないし右上欄8行、8頁右下欄下から3行)

<2>  さらに、乙第1号証によれば、レーザーを分光分析に利用する一般技術水準を示すと認められる「レーザーハンドブック」(昭和48年2月20日初版発行。朝倉書店)には、以下の記載があることが認められる。

「1960年Maimanが固体レーザーを製作して以来、レーザー光線の時間的、空間的コヒーレント性に基因して得られる高密度スペクトルエネルギーを発光分光分析における試料の蒸発と励起に利用しようとする企がなされた。1962年Brechはルビーレーザーを使ったレーザー発光分光分析法を発表した。そのほかDebras-Guedon、Rungeらも実験を行なった。ルビーレーザーのパルス発振で得られるレーザー光(694.3nm)を短焦点レンズを用いて試料面に集光すると、微小部分に強力なエネルギーを集中することができる。その部分は光のエネルギーを吸収して急激な温度上昇を起こし、爆発的な試料の蒸発気化がなされ、試料の原子、イオン、電子を含むミクロプラズマをつくり励起発光が行なわれる。この光を分光器に導入してレーザー発光分光分析を行なうものである。」(704頁4行ないし13行)、

「レーザー光の集光により、試料は蒸発気化したミクロプラズマをつくり励起発光が行なわれるが、このプラズマ中でさらに電極間の放電を行なうと、いっそう効果的に励起発光をさせることができる。・・・またこのようにレーザーとスパーク放電を併用して得られるスペクトル線は、レーザーのみによって得られるスペクトル線に比べ、いっそう強度が強く、鮮明であり、線幅が狭く、自己吸収の少ない線が得られる長所がある。」(705頁3行ないし13行)

<3>(a)  これらの記載によれば、乙第1号証には、レーザー光を試料面に集光すると、爆発的な試料の蒸発気化がされ、試料の原子、イオン、電子を含むミクロプラズマをつくり励起発光が行われ、この光により分光分析が行われること、ミクロプラズマ中でさらに電極間の放電を行うと、いっそう効果的に強度を強めることができ、レーザーとスパーク放電を併用して得られるスペクトル線は、レーザーのみによって得られるスペクトル線に比べ、いっそう有効なものが得られる長所があることが開示されているが、このことはレーザー技術分野の当業者に周知の技術常識であったものと認められる。そして、引用例にも、乙第1号証に開示されたものと同様の、溶融金属にレーザー光を当てて溶融金属の成分を示すミクロプラズマを生成励起せしめ、スパーク放電によりその強度を強めたものから放出された放射線のスペクトル成分を検出することが開示されていると認められる。

(b)  原告は、このスパーク放電を併用する方式は、低出力のレーザー光のみでは十分な励起発光ができないときにレーザー光の照射の後スパーク放電を惹起させてプラズマの励起発光をさせる方式であり、第1段としてレーザー光の照射で検出されるべきミクロプラズマの励起発光がまず起こり、次に第2段としてスパーク放電によってさらにその発光強度が増すというものではないから、スペクトル分析のための光を放出するプラズマは、スパーク放電によって生成されるものであり、レーザー装置により発生したプラズマを利用するものではない旨主張する。

しかしながら、引用例及び乙第1号証を検討しても、レーザー光の照射のみではエネルギー不足のため溶融金属の組成を示すスペクトル分析可能なプラズマが生成されず、スパーク放電によってはじめてスペクトル分析可能なプラズマが生成される等の事情はうかがわれないから、原告の上記主張は理由がない。

(2)  そして、乙第1号証により認められる前記一般技術水準に照らすと、引用例からは、レーザー光線単独の励起手段を採用した分光分析装置も把握することができると認められる。

これに反する原告の主張は採用することができない。

(3)  よって、本願発明と引用例に記載されたものとは、「溶融金属に前記レーザー手段からレーザー光線を照射して溶融金属の組成を示すプラズマを生ぜしめ」、「プラズマにより放出された放射線のスペクトル成分を検出する」点で一致するとの審決の認定に誤りはなく、原告主張の取消事由2も理由がない。

5  結論

以上のとおり、取消事由1及び2は理由がなく、したがって、審決の相違点の認定(甲1号証14頁7行、8行、16行)にも誤りはなく、相違点についての判断(同15頁3行ないし16頁4行)にも、正しい相違点について検討していない等の誤りはない。

したがって、原告の本訴請求は理由がない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年3月4日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙1

<省略>

別紙2

<省略>

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